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医療安全についての現在の日本のさまざまな活動は、世界同時に始まっている。
医療は医療で一つの世界を形作って、その中で情報交換しているのです。
少し優秀な医師であれば、外国の雑誌に英語で論文を発表する能力を持っています。
これに対して検察はあくまで国内のものです。
住んでいる世界が違うといわざるを得ません。
県立大野病院事件の裁判は、いまや、医療レジームと司法レジームの合理性の争いになっています。
この裁判で、先に述べたように、検察は部分的に塗りつぶした検事調書を提出した。
担当検事は、普通の裁判同様、訴訟ゲームのとりこになっているようです。
これが社会にどのような認識をもたらすのか、担当検事は分かっていない。
大きな歴史の中に自分がいること、この事件では、司法の合理性が評価されていることを理解していない。
この裁判では公判ごとに複数の詳細な報告がネット上に配信されています。
卑劣と判断されるような訴訟技術を駆使して勝訴することは、堂々と議論して敗訴するより、長い眼でみて検察の痛手となります。
私は、この事件については、医療より検察の今後を危供します。
〇六年九月十三日、但木敬一検事総長は、全国の高等検察庁の検事長、地方検察庁の検事正の集まる検察長官会同で、犯罪に対する厳罰化を訴えました。
報道されませんでしたが、「医療過誤・飛行機事故などはこれまで被害者の利益を考えて刑事責任の追及を行ってきたが、国民や社会全体の利益の観点に立って、原因追求や事故防止のためにどういう枠組みがいいのか検討すべき時期に来ている」という趣旨の発言もあったと伝えられています。
これが本当だとすれば、検察首脳と現場の検察官の考え方に轟離があるように思います。
誘発されたエラー業務上過失致死傷罪は組織ではなく、個人の責任を対象としています。
しかし、多くの医療事故は、過誤の有無を問わず、システムの問題です。
近年、人間のエラーを、人間を取り巻く環境を含めて理解し、安全向上に役立てようとするヒューマン・ファクター工学が発達してきました。
リスク管理について、医療の分野は遅れていました。
原子力発電や、航空システム、道路交通システムなどは社会の安全に大きくかかわっている。
こうした高度で複雑なシステムを操作しているのは人間ですが、人間のエラーが大きな事故につながります。
安全を向上させるために、心理学、工学の知見と手法を使って人間のエラーの性質が研究されるようになったのです。
人間は環境の影響を受けやすく疲れやすい。
そのためしばしば間違えます。
ミスをしたいと思ってミスを犯す人はいません。
人間をシステムの部品とみた場合、信頼性は非常に低いのです。
ヒューマン・ファクター工学では、人間の過失の多くは原因ではなく、誘発された結果と理解される。
人間は間違えるということを前提として、安全対策を何重にも構築していくのです。
複数の安全のためのネットをくぐり抜けて、初めて事故になる。
多くの医療事故には複合的な要因があり、その連鎖の最終段階にたまたま遭遇すると、事故の当事者になってしまいます。
先に述べましたが、刑法は社会を保全するため、安全を確保するために、あるいは、応報のために、個人をその責任ゆえに罰する体系です。
しかし、ヒューマン・ファクター工学ではシステムの問題について、個人への罰で対処することは安全向上に寄与しないとされます。
刑事罰になるとすれば、当然、隠蔽を招きます。
日本国憲法第三八条は「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」と規定しているので、調査内容が刑事責任追及の証拠として使われるとすれば、犯人と目される医療従事者は証言を拒否できることになり、事故調査に支障をきたす。
現在、社会の安全に関して、刑事司法と科学の間に大きな組齢が生じています。
〇五年三月に、東京都足立区の竹ノ塚にある東武伊勢崎線の踏み切りで、女性二人が電車にはねられて死亡、二人が怪我をする事故がありました。
いわゆる「開かずの跨み切り」で、ラッシュ時には一時間に五十分以上閉鎖される。
そこにいて手動で遮断機の上げ下げをしていた保安係の男性が逮捕起訴されましたが、これなどはまったく人間の性質を無視しています。
機械に任せておけば、壊れない限り間違いはありえないのだし、あるいは立体交差にすれば、こういう事故は絶対に起きません。
しょっちゅう閉まるところに保安係を置いておけば、利用者の不満や非難を浴びます。
基本的に少しでも人を通してやりなさい、という暗黙の意図があったと私は理解します。
こうした状態を続けていれば、いつか必ず間違いが起きます。
本人も危ないと訴えていた。
事故が起きたからといって、逃走するわけでも、証拠を隠すわけでもないし、そのメリットもない。
日本の捜査当局は残酷なものだと思います。
この保安係は、善良な一市民ですが、それなのに犯罪者として処罰する。
処罰したところで今後の安全には役に立たない。
東武鉄道はというと、男性を懲戒解雇にしました。
これは、作用反作用の法則で理解できます。
家族を含めた質量のある人生を下に蹴落とすことで、蹴落としたのと同じだけの上向きの力を、自分に加えることができます。
事件へ対応していることになるし、個人レベルの問題だったという解釈をうながすことができる。
刑事司法は保安係を有罪とすることで、これを、追認しました。
私は卑劣だと思います。
本来ならシステムで解決できるものを、個人が悪いとして片付けるのは、現在の科学にも反しています。
犯人捜しをやりたがるのは、日本の社会の一大欠陥です。
なんという理不尽で、寛容性のない社会でしょうか。
行政処分制度の不備が、刑事司法に無理な役割を強いているという側面もあります。
医療の安全のためには、システムの機能不全と個人の能力不足の双方に対処しなければなりません。
個人の処罰では、システムの改善も、個人の能力を高めることもできません。
システムの機能不全は、人員配置や、投資、またその時点での知識によって左右される。
善悪の問題ではないのです。
ですから病院への改善命令、個人の再教育、免許の停止、制限などできめ細かく対応しないといけない。
医師法第四条、七条(看護師や助産師については、保健師助産師看護師法の第九条)では、医療関係者の免許取り消しや停止手続きを定めていますが、安全性を向上させるための総合的な行政処分制度は整備されていません。
〇三年まで、医道審議会による行政処分は、刑事司法の追認にすぎませんでした。
刑事裁判の判決を受けて、処分が下されていました。
しかし、慈恵医大青戸病院の事件では、三名の医師が逮捕されて間もなく行政処分が行われました。
独自の調査をせず、しかも裁判結果を待つこともなく、医道審議会は、逮捕された医師三名の内二名と、泌尿器科部長の計三名を処分しました。
医道審議会の最大の欠点は、原理原則を持たないことです。
前例だけで動いてきました。
対象が刑事処分を受けた医師に限定されていたということは、行政処分独自の目的1朋がなかったということでもあります。
現在、民事事件関連でも、処分が行われるようになってきました。
この変更の理由も周知されていません。
確固とした原理原則に基づいて処分が行われるということを示さないと、医道審議会の正当性そのものに傷がつきかねません。
それ以上に、処分される側の納得が得られません。
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